職場のメンタルヘルス対策を実効性のあるものにするためには、企業規模に関わらず経営者のメンタルヘルスに対する理解度が極めて重要です。人事やストレスチェック担当者がいくら従業員にセルフケアを促しても、経営者自身の理解や意識がアップデートされていなければ、改善施策は組織に浸透しづらくなってしまいます。
本記事では、中小企業におけるコミュニケーションの実態調査を交えながら、経営者の理解不足が引き起こす組織リスクと、現場に潜む見えないサインへの気づき方について解説します。
経営者の社内理解不足が生むリスクとは?
経営者と従業員の距離が近い小規模事業場では、経営者の考え方やコンディションが社内の空気に影響を与えやすい傾向があります。 厚生労働省のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」でも、職場のメンタルヘルス対策は事業者が自身で取り組むべき課題として明確に位置づけられています。しかし、経営者自身が事業のプレッシャーや孤独感を気合と根性で乗り切ってきた経験があると、無意識のうちに従業員にも同じレベルのタフさを求めてしまうケースが少なくありません。

HR総研が実施した「社内コミュニケーションに関するアンケート2025」によると、301名以上の中堅・大企業では組織風土・社風や働き方の多様化といった仕組みや環境面の課題が上位に挙がりやすい一方、300名以下の中小企業においては、それら環境面の課題よりも経営層のコミュニケーション力が相対的に上位の要因として浮上しています。
組織の規模が小さくなるほど、会社全体のシステムや風土というよりも、トップである経営層の発信やスタンスが、現場のコミュニケーションにダイレクトに影響を与えやすい実態を示しているといえます。
「うちは風通しが良い」という思い込みに注意
経営者として気をつけたいのが、うちは従業員との距離が近いから不調の兆しがあればすぐに分かるはず、といった思い込みです。言わなくても分かるからと長期間しっかり意見聴取する機会を設けないでいると、思わぬリスクにつながります。
前述のアンケート調査では、コミュニケーションの不全がもたらす業務への障害として、情報の遅れだけでなく、業務へのモチベーション維持向上(41.0パーセント)やエンゲージメント向上(38.0パーセント)といった心理的なマイナス影響が上位に挙がっています。
また、経営者が日々の業務でストレスを抱えて余裕のない態度をとっていると、従業員は過剰に顔色をうかがうようになるというケースもあります。大企業のように別の部署へ異動するという選択肢も少ないため、表面的には素直に従っているように見えても、内部ではモチベーションや会社への愛着がすり減ってしまうことも。 ある日突然退職、となっては最悪ですので、日ごろから従業員の様子を観察し、対策を講じておく必要があります。
見逃してはいけない現場の不調サイン
国が示す職場環境改善のガイドラインでは、メンタル不調の早期発見のポイントとして、遅刻や欠勤の増加だけでなくいつもと違う行動に注目するよう呼びかけられています。以下のような変化は、職場の緊張が高まっているサインと考えられます。
- 悪い報告が後回しになる・ミスを隠す
トップの顔色をうかがうことによる報告・相談の減少とミスの潜在化 - 必要最低限の業務連絡しか口にしなくなる
以前はあった雑談や質問が消える職場での会話の減少 - 指示には従うが、自発的な提案や動きがパッタリと止まる
萎縮やあきらめによる活気の喪失
特に注目すべきは若手従業員による沈黙のサインです。パーソル総合研究所の調査によると、過去3年以内にメンタルヘルス不調を経験した20代正規雇用者の35.9パーセントが退職に至っています。これは、全年代の平均(25.3パーセント)や他の年代(2割前後)と比較しても突出して高い割合です。
正規雇用者の約4割が、職場に相談したら自身の評価が下がる・居づらくなると恐れていることが分かっており、評価低下やトップからの心象悪化を恐れて不満こそ口にしていないものの、実は限界を迎えているようなケースもあります。 1人の離職がダイレクトに業務の停滞に直結しやすい50人未満の事業場において、若手の突然の離職は非常に重い経営リスクとなります。
メンタル不調は生産性の低下につながる
メンタルヘルスの問題は、個人の心の問題にとどまらず、企業の収益や生産性に直接的な影響を与える可能性があります。
経済産業研究所が公開したデータ「企業における従業員のメンタルヘルスの状況と企業業績」によると、メンタルヘルスの不調による休職・退職者比率が高い企業ほど、売上高利益率が低下することが明確に示されています。全体の母数が少ない小規模事業場の方が、1人の不調や離職が売上・利益に与える相対的なインパクトは大きくなります。
では、組織のコンディションを良好に保つために何が必要なのでしょうか。前述のHR総研の調査では、社内コミュニケーションが活性化している層ほど、経営層との定期面談・ミーティング(31.0パーセント)を設けており、活性化していない層(14.0パーセント)と比べて大きな差が開いていました。 トップからの一方的な指示ではなく、現場の声を直接受け止める仕組みが組織の活性化につながっていると推察されます。 さらに、従業員のエンゲージメント(会社への愛着や信頼)が高い企業では、1on1などの面談において、単なる業務の進捗確認だけでなく、モチベーションや健康状態の確認(54.0パーセント)を高頻度で実施しているという特徴もあります。
【事例】職場の風通しを改善したO社のモデルケース
ここで、経営者の意識変化が職場環境の改善につながったO社(従業員30名・製造業)の事例をご紹介します。50人未満の企業における典型的なケースです。
O社の経営者は業績拡大のために昼夜を問わず働き、従業員にも高いレベルを求めていました。しかし、若手従業員の連続退職が発生します。経営者は最近の若手はストレスに弱いと捉えていましたが、外部のコンサルタントから指摘されたのは、経営者自身のメンタルヘルスへの理解不足と余裕のなさでした。有休を取りづらく、適切なタイミングでリフレッシュできないことから、身体的な負担も高まっていたのです。
これに気づいた経営者は、まず自身の働き方を見直し、メンタルヘルスへの理解を深めることにしました。客観的なデータで把握するため、外部のストレスチェックサービスを導入。トップ自らが音頭をとって業務フローを改善したことで、離職率も徐々に低下しています。小規模事業場では、このようにトップの意識が変わることが、職場環境改善の重要なポイントになります。
まとめ:まずは客観的なデータで現状把握を
メンタルヘルス対策を社内に定着させるには、まずは経営者自身が考え方を少しアップデートすることが大切です。 まずは小さな変化を見逃さないこと。
ストレスチェックを行い、課題は量的な負担なのか、上司の支援がないのかといった問題点を明らかにする。そのうえで、上記のヒント集などを活用して具体的な施策につなげてみるとよいでしょう。
参考文献・関連リンク
- 厚生労働省
こころの耳
「職場における心の健康づくり」 - ProFuture株式会社/HR総研:「社内コミュニケーションに関するアンケート」
- ITmedia:「組織内の誰もが意見を言える『心理的安全性』は、離職や職場満足度に影響」
- パーソル総合研究所:「20代若手社員のメンタルヘルス不調増加が企業に与える影響」